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広島高等裁判所松江支部 昭和33年(ネ)23号 判決 1962年12月24日

控訴人 黒川直枝 外一名

被控訴人 国

訴訟代理人森川憲明 外三名

主文

本件各控訴を棄却する。

控訴人黒川一生の請求控訴部分を棄却する。

控訴費用は控訴人等の負担とする。

事  実 <省略>

理由

一、原判決添付目録記載の農地が控訴人一生の所有であり、控訴人直枝が控訴人一生の実父であること、昭和二十三年十月十一日島根県中条村農地委員会が右農地は昭和二十年十一月二十三日の基準日現在において自作農創設特別措置法(以下自創法という)第三条第五項第二号のいわゆる仮装自作地に当るものとしてこれを買収する旨の計画を樹て、次いでその頃島根県知事が右農地を買収し、山辺春市にこれを売渡す処分をし、その各登記を完了したこと、控訴人直枝が昭和二十三年十一月十九日右委員会を相手方として松江地方裁判所に右買収計画取消の訴(同庁昭和二三年(行)第二九号)を提起した結果、同裁判所において右農地がいわゆる仮装自作地でないから右買収計画は違法であるとして買収計画を取消す旨の判決がなされ、これに対し右委員会が広島高等裁判所松江支部に控訴(同庁昭和二五年(ネ)第五〇号)したけれども控訴棄却となり、昭和二十八年三月七日右判決が確定したことはいずれも当事者間に争がなく、成立に争のない甲第二、三号証によると、控訴人一生は右訴訟に共同訴訟参加人として参加したものであるととが認められる。

そうすると右買収計画は違法であるから、その買収計画に基く買収処分も違法であるといわなければならない。

二、そこで右違法な買収計画、買収処分が中条村農地委員会を構成する農地委員、島根県知事の故意または過失によるものか否かについて判断する。

まず控訴人等は右委員会の委員梶山博等が故意に右違法な買収計画を樹てたものであると主張するが、原審および当審における控訴人直枝本人尋問の結果中、梶山博が山辺春市と親戚関係にあるので同人に本件農地を取得させるため、仮装自作地に当らないことを知りながら、故らこれを仮装自作地として買収計画を樹てたものである旨の部分は措信しがたく、他に右買収計画が控訴人等主張のような故意によつてなされたことを認むべき証拠はない。

次に過失の点について考えるに、成立に争のない甲第二、二十二号証、乙第一号証、原審および当審証人村上昭夫、原審証人山辺キミ、坂本浅市、揖野健次、大野宗松、当審証人別所忠次郎の各証言、原審および当審における控訴人直枝本人訊問の結果の一部に、弁論の全趣旨を考え併せると、本件農地はもと水田であつて、控訴人直枝の居宅(島根県周吉郡西郷町大字西町)から一里位離れた位置にあり、昭和十九年および昭和二十年には高井安一を日雇に使つて耕作に従事せしめるとともに、控訴人直枝およびその家族も耕作に従来したが、昭和二十年九月頃水害により土砂が流れこみ、畑として利用するほかない状態となり、控訴人直枝が山辺キミを通じその夫たる山辺春市に対し「麦を分けてくれればよいから作らないか」と本件農地を耕作するように申し出たので、山辺春市がこれを耕作することとなり、同人が麦をまいてこれを収穫し、そのうち大麦六斗、小麦三斗を控訴人直枝に交付し、翌昭和二十一年控訴人直枝は山辺春市に対し共同で本件農地を耕作しようと要求し、右麦の収穫後山辺春市および控訴人直枝が種子、肥料を持ち寄り、右両名およびその家族が耕作して大豆などを作り、収穫を分配するようになつたこと、本件農地において大麦を作れば年六俵以上、小麦を作れば年三俵以上の収穫があがること、中条村農地委員会は山辺春市の請求により、昭和二十三年七月三十日本件農地が昭和二十年十一月二十三日の基準日現在において山辺春市の小作地に当るとして自創法第三条第一項第二項を適用し買収計画を樹てたところ、控訴人一生がこれに対し即日同委員会に異議の申立をし、これが却下されるや、さらに同年九月一日島根県農地委員会に訴願を提起したので、島根県農地委員会はその係員等を現地に派遣して参考人から事情を聴取させたり、中条村農地委員会に照会して事実を調査したが、中条村農地委員会も山辺春市の前記請求以後、参考人を呼んだりして事実を調査し、前後四、五回にわたり研究討議し、結局島根県農地委員会の係員等の意見を参酌し、同年十月十一日前記小作地としての買収計画を取消し、仮装自作地として買収計画を樹立したものであることが認められ、原審および当審証人黒川長村の証言、原審および当審における控訴人直枝本人尋問の結果中右認定に反する部分は措信しがたく、他に右認定を履えすに足る証拠はない。

本件農地については前記のように昭和二十年十二月二十三日の基準日現在における仮装自作地として買収処分がなされたものであるところ、控訴人は当時山辺春市を雇入れて自作していたものであると主張し、また前記買収計画取消訴訟の判決においては控訴人直枝と山辺春市とが共同耕作していたものと認定されたことは当事者間に争がないが、農地の耕作関係が仮装自作地に当るかどうかは農地所有者(その家族を含む)と耕作人との農地に対する労務提供の割合、これに対する反対給付の種類程度、収穫物分配の方法等によつて決められるのであり、本件農地がもともと水田であつた点を考慮しても、前記認定のような情況において、基準日現在本件農地を仮装自作地とみるかどうかその判断はかなり微妙であつて、中条村農地委員会、島根県知事がこれを仮製自作地と認定したからといつて、直ちに過失があるということはできない。そして当時短期日の間に多数の農地について買収計画、買収処分等をする必要があつたことは公知の事実であつて、かかる事実と前記認定の事実とを併せ考えると、控訴人等主張のように中条農地委員会が本件買収計画の樹立について事実の調査を怠つたものとはいいがたい。

さらに市町村農地委員会が自創法に基く買収計画を定めたときは、これを公告し且つ市町村の事務所において所定の書類を縦覧に供しなければならないけれども、買収計画を農地の所有者に通知しなければならないと解すべき根拠はないから、中条村農地委員会が速やかにその通知をしなかつた点に過失がある旨の控訴人の主張は失当であり、また控訴人等が本件買収計画に対し異議の申立、訴願の提起をしていないことはその主張により明らかであるから、前記買収計画取消訴訟において、同委員会が右異議、訴願を経ていないことをもつて訴訟上の抗弁としたとしても、これを非難するのは当らない。さらに控訴人等は右買収計画についての取消訴訟の繋属中、島根県知事が買収処分および売渡処分をしたのは不当であると主張する。しかし買収計画に対する異議の申立、訴願の提起があるときは、その裁決を経たのち爾後の手続を進行すべきことは自創法第八条、第九条の規定により明らかであるが、異議、訴願のない以上その手続を進行するのは当然であつて、訴訟繋属中は買収処分および売渡処分をすべきでないとする根拠はないから、控訴人等の右主張は理由がない。(なお買収計画を取消す旨の判決の言渡があつたのが昭和二十五年六月二十三日であることは当事者間に争がなく、買収処分および売渡処分がその前になされたことは成立に争のない甲第一号証の一ないし三により明らかであるから、島根県知事は右判決を知りながら敢てその処分をしたという関係にないことはいうまでもない)。

以上によれば中条村農地委員会の樹てた買収計画および島根県知事のした買収処分に過失があつたものとは認めがたい。

三、控訴人等は、買収計画を取消す旨の判決の確定後、島根県知事が故意または過失により直ちに本件農地を返還せず、また買収および売渡処分による所有権移転登記の抹消登記手続をしなかつたため、控訴人等に耕作不能の状態が続き、これにより損害を蒙つたと主張するから、この点について判断する。自創法に基く買収処分によつて、農地の上に存した権利はその所有権をも含めてすべて消滅し、国がその所有権を取得し、さらに売渡処分により売渡の相手方にその所有権が移転するわけであるが、買収計画取消の判決が確定すれば、買収計画は当初から有効な行政処分としての存在を有しなかつたこととなるから、その買収計画に基く買収処分も処分時に遡つてその効力を失い、したがつてその買収処分による国の所有権取得を前提とする売渡処分もまた当然遡及的に失効し、右農地の上に存した従前の権利が復活するものというべきである。だから前記買収取消判決の確定によつて、当然に控訴人一生は本件農地の所有権を(控訴人直枝が本件農地につき何らかの使用権を有したとすればその権利を)回復するから、島根県知事は買収処分が失効したものとして取扱えば足り、控訴人一生をして所有権を(控訴人直枝をして使用権を)取得せしめるために買収処分および売渡処分の取消をすべき義務はないといわなければならない、そして昭和三十年十二月まで買収による所有権取得登記および売渡による所有権移転登記が抹消されずに残存していたことは当事者間に争いがないけれども、買収計画取消判決の確定により、控訴人一生はその所有権に基き(控訴人直枝は使用権を基本として)直接山辺春市に対し農地の引渡を求めうべき地位を取得したわけであつて、右登記の残存は山辺春市に対し農地の引渡を求める妨げとはならないから、これをもつて控訴人等主張のように本件農地の耕作不能の原因とはなしがたい。さらに島根県知事は本件農地を買収当時の占有状態に戻すため、山辺春市に対しその占有の移転を命じたり、同人から現実にその占有を奪いこれを控訴人等の占有に移すような権限を有しないから、かかる措置をとらなかつたことの責任を問うことはできない。

されば控訴人等の耕作不能による損害賠償の請求は、その余の点について判断するまでもなく失当である。

四、控訴人一生は、島根県知事が買収による所有権取得登記および売渡による所有権移転登記の各抹消を怠つたため、その抹消登記請求の訴訟を提起するのやむなきに至つたとして、これに要した費用につき、損害賠償を求めるから、この点につき考察する。

自創法による農地の買収処分および売渡処分がなされたときは、知事は自作農創設特別措置登記令の定めるところにより、職権で国(農林省名義)のために買収による所有権取得登記を嘱託し、売渡の相手方のために売渡による所有権移転登記を嘱託すべきであるが、買収処分および売渡処分が当該処分又は買収計画を取消す旨の判決の確定により失効した場合には、不動産登記法第三十条第三十一条の規定を類推し、知事は遅滞なく売渡人の承諾を得て売渡による所有権移転登記の抹消登記を嘱託し、被買収者の請求があるときは遅滞なく買収による所有権取得登記の抹消登記を嘱託することを要するものというべきである。

ところで前記買収計画取消判決の確定後、島根県知事が山辺春市に対し売渡による所有権移転登記の抹消を承諾するか否かを確かめることもなく放置したことは、当審証人別所忠次郎の証言により明らかであり、職務怠慢の謗を免れない。しかし成立に争のない甲第十六、十七号証によれば、控訴人一生が昭和三十年八月末頃国および山辺春市を相手方として「国は買収による農林省のための所有権取得登記および売渡による山辺春市に対する所有権移転登記の各抹消登記手続をせよ。山辺春市は右各登記の抹消登記手続を承諾しなればならない。」等の判決を求める訴訟を提起したところ、山辺春市はこれを争う旨の答弁をしていることが認められるから、特段の事情のない以上、右訴訟提起当時まで、山辺春市は売渡による所有権移転登記の抹消を承諾する意思がなかつたものというほかない。したがつて島根県知事は結局右訴訟提起当時まで買収による所有権取得登記および売渡による所有権移転登記の抹消登記を嘱託することが法律上できない状態にあつたものといわなければならない(知事には承諾を求める訴訟をなす権限はない)から、その嘱託をしなかつたことの責任を問うわけにはいかない。

仮に右訴訟提起以前山辺春市による所有権移転登記の抹消に応ずる意思があり、したがつて島根察知事においてその承諾を得て右登記および買収による所有権取得登記の各抹消登記を嘱託し得る立場にあつたとしても、前記買収計画取消判決の確定後控訴人一生が自らまたは人を介して島根県知事に対し右抹消登記手続をするよう求めたことは全くなかつたことは、当審証人別所忠次郎の証言および当審における控訴人直枝本人訊問の結果により明らかであるから、知事は被買収者の請求により所有権取得登記の抹消登記を嘱託すべきものと解する以上、島根県知事が右嘱託をしなかつたことの責任を問うのは失当である。のみならず、知事は被買収者の請求をまつまでもなく所有権取得登記の抹消登記を嘱託して被買収者の所有名義を回復すべき責務を負うと解するとしても、控訴人一生は前記のとおり所有権取得登記および所有権移転登記の抹消手続をするよう島根県知事に求めたことがなく、また国および山辺春市に対する右抹消登記請求等の訴訟提起後間もない昭和三十年十二月三日、島根県知事が買収による所有権取得登記および売渡による所有権移転登記の各抹消登記を嘱託したことは当事者間に争がないから、控訴人一生は島根県知事に対し右の嘱託をするよう求めたのに島根県知事がこれに応じなかつたため右訴訟の提起を余儀なくされたというのでないことは明らかであり、右嘱託を求めても島根県知事においてこれに応じなかつたであろうと考えられるような特段の事情も認められない。したがつて右訴訟に要した費用をもつて、直ちに島根県知事の違法な行為に因る損害とはいいがたい。

そうすると控訴人一生の右主張はその余の点について判断するまでもなく失当である。

五、されば控訴人等の請求はいずれも理由がなく、控訴人一生の請求の一部を認容した部分を除き、右と同旨の原判決は相当であるから本件各控訴はこれを棄却し、控訴人一生が当審において拡張した請求は失当であるからこれを棄却すべく、控訴費用の負担につき民事訴訟法第八十九条第九十三条第九十五条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 高橋英明 高橋文恵 石川恭)

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